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写真はイメージでずいぶん古い写真です。

さて、お父さんの家にあった「戦中派不戦日記/山田風太郎」を何気なく読み始めたらとても面白かったです。

駅員に関する記述もありました。

終戦直後、1945年9月1日、飯田駅にて。

 

>剣なき兵、窓口に顔出し、

>「兵隊だがねえ、切符一枚売ってくれい」

>と、今まで通りやり、駅員にさんざんどなりつけられる。

>「兵隊?兵隊かなんか知らんが、まさかもう公用じゃあるまい。公用じゃなければ一般といっしょにならんでもらいたい」

>見ているのに、単に兵を侮るにあらず。駅員も運命に対して腹立ちを抑えかねるといった顔なり。

>兵隊赤くなり、はては泣きそうな顔になり、それでも切符を投げ出してもらい。ニヤニヤ恥ずかしげに笑いて去る。

 

なんか駅員のリアルを感じますね・・・・・運命に対して、腹を立てるしかない駅員の素直・・・・。

そして、「おお、最後、そこで駅員、売っちゃうのか」って感じでもありますね。

駅員は兵隊ではないけど兵隊に揺さぶられる人である・・・

ということが 伝わってきました。

 

駅員とは関係ないですけど以下の文章が印象に残りました。

これも終戦直後の8月28日。

 

>夜、町に灯明るくともる。

>街燈の鉄柱は遠き昔に弾丸となりて今や南海の底に沈めど

>往来の空を横切りて両側の店舗を結ぶ電線に

>裸電球ぶら下がる。

>その下に、美しき円き輪落とせる光の中に

>痩せ腹ふくれたる黒き裸の子ら十数人愉しげに遊べり。

>彼らはものごころつきてより かかる路上の灯を身たることなし。

>このわびしき円光は彼らにとりて実に新しき世界なるなり。

 

裸電球の円い灯りこそがひとつの希望でありエンターテイメントであったという・・・

そんな感性のあることを、教えてくれました。

いくさはいかん。

というわけで

バイトに行ってきます。